東京シティオペラ協会

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KEI音楽学院

うんちく大家、大いに語る

Die Zauberflote

うんちく大家《 魔笛 》を語る

「お−い、」大家さんよ。こんど熊さんとモーツァルトの魔笛を見にいくんだけど、例によってレクチャアしてくれよ」
「おや、私も行こうと思ってちょうど勉強したばかりだよ、いいタイミングだったねえ」
「エッ、ほんとかい、それじゃ一緒に行こうよ。こりゃあ大船に乗ったようなもんだ。うれしいねえ、そいじゃサイナラ」
「これこれ、帰っちまっちゃ駄目だろ、会場でゴチャゴチャ話していたら、他の人の迷惑じゃないか、今聞いて魔笛がどんなものか知っておかなくちゃ」
「なるほど、さすがは大家だ、考えが深いや。いや感心感心!そいじゃ、熊さんも呼んでくるから、レクチャアしてくんな」
「おお、八つぁんに熊さん、よくきたな、それじゃ早速講釈を始めるかね」

[オペラを庶民の楽しみにしたオペラ]

「モーツァルトが生きた18世紀では、オペラといえばイタリアオペラだった。ドイツでも盛んにイタリアオペラが上演されていたんだ。実際、流麗な音楽がとっても魅力的だったからね。でも庶民向けの小屋ではやらないし、それに言葉が庶民には解らない。それで鑑賞者は上流階級に限られていたんだ」
「フ−ン、そりゃまた気の毒なこった」
「実際、モーツァルトが書いたオペラだってイタリア語のものがほとんどだろう。でもドイツにも、元々、歌って芝居してという表現形態はあったんだ。ジングシュピール(歌芝居)といって、歌が入って芝居してという簡単な民族喜劇だがね」
「そりゃあ、そうだね。日本にも歌舞伎があったし、世界のどの地にも似たようなものはあったんじゃないのかい」
「おお、理解が早いねえ。でもジュングジュピールは芸術的レベルにあるとはいえなかった。モーツァルトがこの《 魔笛 》で、ジングジュピールをイタリアオペラに劣らない地位に引き上げたのさ。それに庶民向けの小屋での上演だった。言葉が解って芝居が面白くて、音楽が極上だったら、誰でも飛びつくわね。実際、魔笛の興行成績は素晴らしく、初演から1年で100回に達してしまったんだ。こりゃあ凄い数字だよ」

[音楽様式がゴチャマゼ? いや大博覧会!!]

「モーツァルトは、1971年5月に魔笛の作曲を依頼されて、初演は9月30日。そして12月5日には亡くなっているから、これが最後のオペラだ。この作品の中には彼が蓄積してきた音楽エッセンスがギッシリ詰まっているんだ。言わば彼の音楽の集大成なんだ」
「その蓄積した音楽エッセンスってのは何だい?」
「ウィーン風の民謡、イタリアのオペラ・ブッファとオペラ・セリア、なかんずく華麗なコロラトゥーロを擁するベルカントオペラの様式、有節形式の歌曲、ドイツプロテスタントのカラール、バロックのポリフォニーなど当時確認されるあらゆる音楽形式が、魔笛には溢れていて、しかも全体の統一感が素晴らしいんだ。正に天才のなせる業だね」
「へー、それじゃ、その辺りも注意して聴いたら面白いんだろうね」
「でも、全体の自然の流れ、モーツァルトの素晴らしい音楽に浸ればそれでいいんだよ。聴いて素直に感動して楽しければそれでいいんだ。だから大受けしたんだからね」
「なるほど、妙に学研的になるなんてのは野暮だもんね」

[物語りのあらすじ]

「じゃあ、簡単にあらすじに触れよう、これは御伽噺だな。あくまで架空だが、古代エジプトの話だ。その頃、昼の世界の王様は夜の世界の女王と結婚して。パミーナという娘をもうけた。ところがこの夜の女王というのが気の強い女で、昼の世界の王様は振り回されっ放し。昼の世界の王様は自分の死に際し、昼の世界を親友のザラストロに譲り、パミーナの保護も頼んでしまった。さあ、夜の女王は怒り心頭。なんとかパミーナを取り戻して、昼の世界の支配権も手にいれたいものだと画策しておったのさ。これが物語の前段だ。これを知らないとオペラの筋がよく掴めなくなってしまうんだ」
「この前段を踏まえて御伽噺として楽しめばいいんだね」
「話を進めよう。ある国の王子タミーノが旅をしていたが、大蛇に襲われあえなく失神。夜の女王の侍女たちが大蛇を退治した。タミーノが気が付くとパパゲーノというやけに容器な鳥刺しの男がいて、自分が退治したとついウソをついた。すると戻って来た侍女たちがパパゲーノの口に錠前をつけてしまう。タミーノは侍女たちからもらったパミーナの絵姿を見て一目惚れ。そこへ夜の女王が登場。悪魔ザルストロにさらわれた娘を救出したら娘パミーナを与えるとタミーノに言う。そしてタミーノには魔法の笛を、共をすることになったパパゲーノにはグロッケンシュピールを与えた。二人は勇躍パミーな救出に向かう。さて、そのパミーナはザラストロの館の中にいた。ムーア人のモノスタトスに言い寄られて困っていたが、そこへパパゲーノが出現。二人は館を逃げ出した。一方タミーノは館の前で、ザラストロが実は聖人で、パミーナは逃げたことを詫び、モノスタトスが言い寄るので仕方なく、と釈明。タミーノはザラストロによって清めの為の試練を受けることになった」
「なに? 救出にいったのに、丸め込まれて試練を受けるのかい?」
「ああ、だから前段を知らないとややこしくなるのさ。さあ先に行こう。ザラストロは僧たちに諮ってタミーノの試練を正式に決定した。この辺はやけに民主的でね、理由は後で説明するよ。またパパゲーノも頑張れば、パパゲーナという娘が自分のものになると言われ、一緒に試練を受けることになった。まずは沈黙の試練。パパゲーノは全然ダメだが、タミーノは真剣そのもの。パミーナは、ある夜突然現れた夜の女王に、ザラストロを殺せと命じられ思い悩んでおり、その上タミーノが口をきいてくれないので絶望的になってしまう。パパゲーノの前には妙な老婆が現れて愛を強要。渋々うんと言うと老婆が一瞬若い娘に変身するがすぐ消えてしまう。沈黙の試練に合格したタミーノは、次いで火と水の試練を受けることになる。パミーナも3人の童子に励まされて再び希望を持ち、タミーノと一緒に試練を受けることになった。タミーノが魔法の笛を吹きながら二人は火をくぐり、水を渡って試練に打ち勝ち祝福を受ける。パパゲーノの方は何とか頑張りだけは認められてパパゲーナと抱き合うことができ大喜びだ。さて夜の女王と侍女たちだが、最後の勇を奮ってモノスタトスの手引きで館を襲撃。しかし雷鳴と閃光によって退けられてしまう。ここでオペラは大円団。太陽が輝く中、賛歌に包まれて幕が下りる」
「御伽噺だねえ。ところで魔法の笛とグロッケンシュピールにはどんな力があるんだい」
「ああそうだね。これは危難を救い、人間に幸福と満足を与えてくれるものなんだ。金銀財宝を呼ぶなんてものじゃないんだな。金や権力よりも人の在り方、心の豊かさが大事という意味さ。このオペラのテーマなんだ。実際の効力はオペラを見れば解るさ。奏でられる音を聞くと人間も動物も幸せになってしまうんだ。見てのお楽しみだよ」

[フリーメーソンの影響]

「さて魔笛では、フリーメーソンに触れなくてはならないね・ちょっと説明しよう。」
「それそれ、そのフリー何とか!なんだか恐ろしげでよう。それにその名前を聞いただけで、おいら頭の中の血の流れが止まっちまって思考停止になっちゃうんだよなあ」
「アハハハ、やさしく話してやるから、まあ聞きなさいよ。フリーメーソンとは自由な石工という意味でな。昔の大きな建物は全て石造りだから、石工たちは何ヶ月も一緒に生活して建設に当たった。つまり男たちだけでの共同生活を強いられたのさ。そこで厳しい戒律ができあがった。14世紀のことさ。その教義は人道的で人類愛に満ちたもので、18世紀の啓蒙哲学と通じるものがあった。それで実際に石工による建築が行われなくなった17世紀頃には、一般の人や貴族にその思考が広がっていったのさ」
「だめだ!もう頭が痛くなってきた」
「まあ聞きなさいよ。フリーメーソンは加入する時に神秘的な儀式があり、また仲間たちは互いに符丁によって認知しあう約束だった。また会の様子については絶対秘密となっていたんだ。それで、一層謎めいて危険に見え、迫害を受けた。しかし、世界市民的、自由主義的、個人の尊厳を重んじるといった教義はなんら危険なものではなく、暴力革命だとか、急進的な共和主義とは明らかに違う」
「で、一体どんな人が加入していたんだい?」
「よく尋いてくれた。モーツァルトも1784年に加入しているんだ。他にはハイドン、ゲーテもそうだ。そして魔笛の制作関係者も殆どが加入していた。だから魔笛にはフリーメーソンの影響が感じられるんだ。だいたいザラストロ率いる一団がフリーメーソンみたいだしね。重要なのは友愛の絆、徳の道、英知、仁愛。反対に嫉妬、中傷、復讐は消えてしまえ。フリーメーソン、というか人類愛の賛歌が魔笛のテーマなのかもしれない」
「ああ、それで僧たちがザラストロに絶対服従という立場でなく、ぃちんと意見を言って一人一人が活きているのか」
「へー!凄い理解力じゃないか。感心したよ」

[魅力的な登場人物と与えられた音楽の妙]

「最後に登場人物と音楽に触れよう。夜の女王は超高音、超絶技巧の難役だ。初演したモーツァルトの義理の姉が非常に高音に強い人だったから、こんな音楽になったんだ。お陰で後の人は大変だった。しかし今は技巧と威厳ある声とを合わせ持つ人が多くいて、素晴らしい演奏が楽しめるよ。次は、超低音バスのザラストロ。これも初演のバスが桁外れに低い声だったのでこのような音楽になったんだ。品格と温かみと厳しさを声の上だけでも表現しなくてはならない。登場しただけで存在感で圧倒おするなんてのは凄い役だよ」
「タミーノは甘さと芯の強さを合わせ持つテノールの役だ。ただ奇麗な声だけでは頼りない。試練に立ち向かう強さと素直さ。規律への従順さ。パミーナに一目惚れして一途に想う情の深さ。その真面目さは古き良き日本人みたいだねえ。一方パモーナは弱い女性そのもの。女人禁制のフリーメーソンは、昔の日本の《 三従の教え 》みたいなものを女性に求めていた。今なら女性蔑視でチョンさ。パミーナはその女性像の典型で主体性がなく、夜の女王とザラストロのはざまでウロウロ悩む。タミーノも恋しいし、まあ男にとっては理想的な女だねえ」
「するってえと、タミーノもパミーナも昔の日本人みてえのかい?」
「まあ、そう言えなくもないね。さて、お待ちかねのパパゲーノ。初演は魔笛の依頼者シガネーター。彼は芝居小屋の主で興行主でもある、口八丁手八丁の男だ。声楽的技量はあまり高くなかったかれあ、声域は狭いし、歌もさせて難しくない。しかし自在の演技力で、この天真爛漫な自然児パパゲーノを演じて大喝采を受けたらしい。得な役だよね。可愛くて憎めないし、人間の弱さも魅力にしてしまう。てんで意気地の無いパパゲーノがパパゲーナと結ばれるくだりなんぞ、私ゃ泣きたくなるぐらい思い入れてしまうよ。柔軟なバリトンの声っていうのもいいね。人間的な温かさがあってさ。ところで、八つぁん、熊さんはパパゲーノ的だよねえ。実に愛すべ人物だ。私ゃ真面目だからタミーノかな」
「何言ってんだい。でも色んな人間が出てくる面白いオペラだってことが解ったよ。なかなか人間の生き方を考えさせるオペラでもあるんだねえ」
「おいおい、急にそんなに真面目にならなくてもいいよ。まあ気楽に楽しんでこようや」

(文責:萩野 昌良)