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オペラへの誘い

オペラっておもしろい

オペラへの誘い

1597年Firenze(フィレンツェ)のBaldi(バルディ)伯爵家お抱えの芸術家たちが集まって、「みなで力をあわせて何かをしよう」(Operatione)と始まったのが、今日一般にオペラと言われているものです。
イタリアでは、そういうわけでOperationとは呼ばずに、Liriche(リリケ)と呼びます。一昔前まで、NHKが二年に一度イタリアから歌劇団を招聘していましたが、これをイタリア語では、Lirica Itariana(リリケ・イタリアーナ)と呼ぶわけです。

サテ、前述したように、1597年に発祥したオペラと言う芸術ですが、このように発祥の起源・内容がはっきりしている芸術と言うものも珍しいことですね。こうして起こったオペラはアッと言う間に大衆に受け入れられ、わずか50年後には、Venezia(ヴェネツィア)だけで、七つの歌劇場が興行として成立するほどに盛んになったのでした。
こうしてイタリア全土に拡がったオペラは、やがて全ヨーロッパに受け入れられるところとなりました。しかし、ちょうど日本の歌舞伎のように、イタリア固有の文化でしたから、たとえば「セビリアの理髪師」のような、イタリア以外の国の物語でも、イタリア語に翻訳した台本で、イタリア人が演奏し歌わなければ、オペラではなかったわけです。そんなわけで、ドイツやロシアなどヨーロッパ中の王朝から招かれて上演するようになっても、必ずイタリア語で上演するのが《オペラ》なのでした。

しかし、芝居に音楽を乗せたり歌を挿入することは、世界中どこででも、いつでも行われていたわけですから、そのうちに、何もイタリア語ばかりでなくとも、と考えるようになってきたわけです。そして、Mozart(モーツァルト)が「魔笛」を書いて、ついにその堰が切られたのです。当然、Mozartが発案したときは、回り中から反対にあったようでした。そのため「Singspier(シングシュピール)=歌芝居」と称したのでした。このMoazrtの作業をきっかけとして、今度はWeber(ウェーバー)がドイツの神話にドイツ語のままで作品を書きました「魔弾の射手」ですね。一方、オーストリアのウイーンでは、陽気でワルツ好きなウイーン人の気質に合った作品が、次々と書かれるようになりました。これを《オペレッタ》と呼びます。《オペレッタ》は、ワルツをふんだんに取り入れ、当意即妙な台詞や、その時代に即したアドリブなどをも取り入れた楽しいものでした。そして、フランスでは、ドイツから移住したOffenbach(オッフェンバッハ)の手によって喜歌劇が次々と発表されました。これをOpera Comic(オペラ・コミック)と呼びます。このように、やがて世界中でその国の言葉で書かれた、本来の《Opera》ではないものも、歌芝居の総称として、《オペラ》と呼ばれるようになったのです。このように普遍的になってきた《オペラ》ですが、新大陸・アメリカでは、黒人たちの持つすさまじいばかりのリズム感を取り入れたオペラが書かれました。Gershwin(ガーシュイン)の「ポギーとベス」です!
これをきっかけとして、アメリカでも盛んにオペラが書かれるようになり、これをMusical(ミュージカル)と呼ぶようになったわけです。サア、もうお解りですね。そうオペラも、オペレッタも、ミュージカルも、みな同じものなのです。よく「ミュージカルは好きだけど、オペラはどうも」と言う方がいますが、「半可通もいいところ」と言えるでしょう。

やがて、イタリアにG.Verdi(ヴェルディ)(1813〜1883)が生まれたちょうど同じころ、ドイツにはWagner(ワーグナー)(1813〜1901)が現れました。Verdiがそれまでのベル・カントオペラをさらに一歩進めたドラマティックなオペラの形を完成させたのと対象的に、Wagnerはドイツの神話を元に、全く新しい形のオペラを作りました。Wagner自身、イタリア固有の文化であった《オペラ》に対して、「自分の作品はオペラではない。《Musik Dramma》=楽劇 である」と強く主張し、フランスのピアニストList(リスト)の強力な支持を得て、バイロイトに自身の作品のみを上演する劇場を作ってしまいした。これが今日も「Wagner祝祭歌劇場」として、毎年全世界から《ワグネリアン》が集まる、いわば〔聖地〕となっているのです。そして、「自分の作品は、世界のいかなる国で上演しようとも、必ずドイツ語で上演しなければならない」と規定してしまったのです。こうして、1597年に発祥したオペラも20世紀を迎え、正に百花繚乱、世界中で、それぞれの言葉で、作品が書かれる時代となったのでした。